2019年5月10日に「民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律」(令和元年法律第2号)が成立し(同月17日に公布)、一部の規定を除き、2020年4月1日に同改正法が施行されました。
今回の改正法においては、①債務者の財産状況の調査に関する制度の実効性の向上、②不動産競売における暴力団員等の買受けの防止の方策、③国内の子の引渡し及び国際的な子の返還の強制執行に関する規律の明確化の3点が改正の柱となりますが、本記事では特に債権回収実務に大きく関連する①の改正内容について解説します。
上記①の内容は、(i)「第三者からの情報取得手続」という新制度の創設と(ii)「債務者の財産開示手続」という既存制度の見直しの2つに大別されますので、これらの分類に沿って改正内容をみていきます。
1. 第三者からの情報取得手続の創設
(1) 概要
民事執行法(以下「法」といい、令和元年改正の前後を区別する場合においては、同改正前を「旧法」、同改正後を「新法」といいます。)の改正により第三者からの情報取得手続が新たに創設されました。情報取得手続においては、裁判所が第三者に対して債務者の財産に関する情報提供を命ずる旨の決定をし、当該第三者が情報提供を行うことにより、債権者が債務者の財産に関する情報を取得できるようになります。第三者からの情報取得手続は、債権者が債務者の財産に関する情報を保有する第三者から直接情報を取得できるという点において、債務者に対してその財産に関する情報の開示を求める従来の財産開示手続と異なります。
債権者が情報取得手続により第三者から取得できる情報は、①債務者名義の(土地・建物)の所在地や家屋番号(以下「不動産情報」といいます。)、②債務者の有する預貯金口座の情報(以下「預貯金情報」といいます。)、③債務者名義の上場株式、国債等の銘柄や数等(以下「株式情報」といいます。)及び④債務者に対する給与の支給者(債務者の勤務先)(以下「勤務先情報」といいます。)の4種類であり、以下の表で整理するように、かかる情報の種別に応じて、情報提供義務を負う第三者の範囲、申立権者及び履践すべき手続が異なります。
取得対象の情報 | 情報提供義務を負う第三者の範囲 | 申立ての要件 | |
申立権者 | 手続的要件 | ||
不動産情報* | 登記所 | ① 執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者(新法第205条第1項第1号下段、同第207条第1項)
② 債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者(新法第205条第1項第2号下段、同第207条第2項) |
債務者に対する財産開示手続の前置が必要(新法第205条第2項) |
預貯金情報 | 銀行等 | 債務者に対する財産開示手続の前置は不要 | |
株式情報 | 振替機関等 | ||
勤務先情報 | 市町村、日本年金機構等 | 養育費等の義務に係る請求権又は人の生命若しくは身体の侵害による損害賠償請求権について執行力ある債務名義の正本を有する債権者(新法第206条第1項) | 債務者に対する財産開示手続の前置が必要(新法第206条第2項、同第205条第2項) |
*不動産情報に係る情報取得手続については、施行日未定(令和3年5月16日までに開始予定)となっています。
(2) 申立ての要件
以下では、対象情報の種別ごとに異なる点に留意しながら、第三者からの情報取得手続の申立要件について個別にみていきます。
(a) 申立権者
①不動産情報、②預貯金情報及び③株式情報に係る情報取得手続の申立権者は共通しており、(i)執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者、及び(ii)債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者です(新法第205条第1項、同第207条第1項)。
これに対して、④勤務先情報に係る情報取得手続の申立権者は、他の3種類の情報と比較して、情報取得手続に係る申立権者の範囲が限定されており、養育費等の義務に係る請求権又は人の生命若しくは身体の侵害による損害賠償請求権について執行力ある債務名義の正本を有する債権者のみに申立権が認められます(新法第206条1項)。勤務先情報は、その性質上、基本的には開示が想定されていない秘匿性の高い情報であり、また、債務者の生活基盤とも直結していることから、債務者の被る不利益とのバランスを考慮して、申立権者が限定されています。
(b) 手続的要件
① 強制執行開始のための一般的要件の充足
第三者からの情報取得手続は、強制執行の実効性を確保するための準備的手続であることから、「執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないとき」(新法第205条第1項但書、同第206条第1項但書、同第207条第1項但書)には、前述の4種類の情報のいずれを対象とする場合でも、情報取得手続の申立てを行うことができません。
強制執行を開始することができない場合の具体例としては、債務名義の正本が債務者に送達されていない場合(法第29条)や確定期限付債権の期限未到来である場合(法第30条1項)等が挙げられます。
②不奏功等要件の具備
4種類の情報のいずれを対象とする場合であっても、情報取得手続を行うためには、以下のいずれかの要件(いわゆる不奏功等要件)の具備が必要です((新法第205条第1項、同第206条第1項、同第207条第1項、同第197条第1項第1号、同第197条第1項第2号)。
① 強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より6月以上前に終了したものを除く。)において、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかったこと。
② 知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があったこと。
③財産開示手続の必要的前置
不動産情報及び勤務先情報に係る情報取得手続については、当該手続の申立てに先立って、下記2.で解説する債務者に対する財産開示手続を実施している必要があり、財産開示手続において実施された財産開示期日から3年以内に限り、申立てを行うことができます(新法第205条第2項、同第206条第2項)。第三者からの情報取得手続は、債務者に対する財産開示手続の補充的な手段として位置付けられており、債権者の情報取得の必要性及び債務者の不利益等を勘案して、この要件が設けられました。
これに対して、預貯金情報及び株式情報に係る情報取得手続については、債務者に対する財産開示手続の前置は要求されていません。
(c) 施行日
改正法の大部分は2020年4月1日に施行されていますが、不動産情報に係る情報取得手続については、改正法を踏まえたシステム構築等の情報管理体制を整備する必要があることから、改正法の公布日である2019年5月17日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日までの期間は適用しないものと定められています(法附則第5条)。
2. 債務者の財産開示手続の見直し
(1) 概要
財産開示手続は、強制執行の実効性を確保することを目的として、債権者が債務者の財産に関する情報を取得する方法を提供する制度の一つです。
具体的には、裁判所が、債務者に出頭義務を課して財産開示期日を開き、当該期日において債務者に自らの財産について陳述させることにより財産状況を開示させるという仕組みを採ります。
民事執行法では、債務者に対して財産開示期日への出頭義務や同期日における財産状況の陳述義務を課してはいるものの、これらの義務違反に対する罰則が30万円以下の過料と弱く(旧法第206条第1項)、債務者自身に財産状況の開示を求めるには制度的な限界があること等から、制度創設時に期待されていた機能が十分に発揮されていないとの指摘がされていました。
そこで、新法では、実効性確保の観点から、債務者の義務違反に対する罰則の強化が図られました。また、全ての債務名義について手続開始の申立権が認められるという改正がなされており、手続の入口と出口の両面において制度が拡充されました。
<改正内容の概要>
改正内容 | 旧法 | 新法 |
①申立権者の範囲の拡大 | 一定の債務名義(仮執行宣言付判決、仮執行宣言付損害賠償命令、仮執行宣言付届出債権支払命令、仮執行宣言付支払督促、執行証書及び確定判決と同一の効力を有する支払督促)を有する債権者が申立権者から除外
(旧法第197条第1項柱書) |
全ての執行力ある債務名義を有する債権者に申立権が拡大
(新法第197条第1項柱書) |
②手続違反に対する罰則の強化 | 不出頭・宣誓拒絶・陳述拒絶・虚偽陳述に対する罰則が30万円以下の過料
(旧法第206条第1項) |
不出頭・宣誓拒絶・陳述拒絶・虚偽陳述に対する罰則が6月以下の懲役又は50万円以下の罰金
(新法第213条第1項第5号・第6号) |
以下、改正内容を個別にみていきます。
(2) 申立権者の範囲の拡大
財産開示手続の申立権は「債務名義を有する債権者」と「一般の先取特権を有する債権者」に認められますが、今回の改正法では、上記のうち債務名義を有する債権者の範囲が拡大されました。
① 債務名義を有する債権者(法第197条第1項)
旧法では、財産開示手続の申立権者から仮執行宣言付判決等一定の債務名義を有する債権者を除外する規定が設けられていましたが、新法でかかる除外規定が削除されたことから、全ての執行力ある債務名義を有する債権者に申立権が拡大されました(新法第197条第1項柱書)。具体的な債務名義の種類は、民事執行法第22条各号に規定されています。
② 一般の先取特権を有する債権者(法第197条第2項)
一般の先取特権を有する債権者に対しても、財産開示手続の申立権が認められていますが、その範囲は今回の改正の前後において変更されていません。
(3) 手続違反に対する罰則の強化
旧法において30万円以下の過料の制裁であった罰則が、新法においては6月以下の懲役又は50万円以下の罰金となり、今回の改正において、不出頭・宣誓拒絶・陳述拒絶・虚偽陳述という4つの義務違反類型全てについて刑事罰が導入されました。
刑事罰が導入されたことの帰結として、制裁の発動が刑事訴訟法に基づき行われることになるため(旧法下においては非訟事件手続法が適用されていました。)、財産開示手続において不出頭、宣誓拒絶、陳述拒絶、虚偽陳述のいずれかの義務違反を行った者(債務者が法人の場合は、開示義務者である法人の代表者)に対しては、刑事裁判手続を通じて有罪判決が下される可能性があります。
債権回収を行う債権者側の立場からは、特に悪質性の高い義務違反については、告訴状又は告発状を捜査機関に提出することにより、刑事罰による制裁発動を求めるというアクションも検討対象になり得るかと思われます。
3. さいごに
以上、債務者の財産開示手続と第三者からの情報取得手続の改正内容を概観してきました。
特に、第三者からの情報取得手続は、一般的に財産的価値が高いものの、従来はその調査が困難であった不動産や上場株式等といった債務者の重要資産について、執行対象を特定するための手段を提供するものであり、実務上利用が積極的に検討される場面は少なくないものと思われます。
本記事のトピックである債権回収に関連するお問い合わせは、以下のボタンから問い合わせフォームを通じてご連絡ください。