本記事は、新型コロナウイルス感染症の蔓延、緊急事態宣言の発出による休業要請や外出自粛などの状況下において、休業や労働時間の短縮に伴う法律問題について検討するものです。なお、本記事は、2つの連続する記事のうちの後半部分です。前半部分は「新型コロナウイルスに関する労務(休業①)」をご覧ください。

6. 一部の労働者のみの休業

Q6 一部の労働者のみ労働日数を減らしたり労働時間を短縮することはできますか。

(1) 結論

  • 一部の労働者の休業を実施することにより可能です。但し、休業対象となる労働者が選択された合理的な理由が必要です。
  • また、一部の労働者との間で合意し、当該労働者の労働条件を変更することによっても可能です。但し、就業規則が制定されている場合には、就業規則よりも不利な内容の労働条件の変更になっていないか注意する必要です。

(2) 指揮命令権又は業務命令権に基づく休業

労働日数を減らしたり一日の労働時間を短縮することは、「休業」といいます。企業は、指揮命令権又は業務命令権に基づいて、一部の労働者のみを休業させることも可能です(「Q1 労働日数を減らしたり一日の労働時間を短縮することはできますか。その場合どのような手続が必要ですか。」参照)。

もっとも、休業を実施する相当の事由がなければ、業務命令権の濫用として当該休業が無効とされるおそれがあります。このため、一部の労働者について休業を実施する場合は、なぜその労働者を休業させるのかについて、合理的な理由を説明することができるようにしておくべきです。なお、業務命令権の濫用として休業が無効であるとされた場合、関連する期間について、所定内賃金の支払義務が発生することになります。

休業を行う場合には、いわゆる休業手当の支給義務があります。この点については、「Q2 労働日数を減らしたり一日の労働時間を短縮する場合に、従業員に対して何らかの手当を支払う必要はありますか。また、どのように計算するのでしょうか。」をご覧ください。

(3) 労働条件の変更による所定労働日又は所定労働時間の変更

上記(2)は、休業に関する業務命令等により、一部の労働者についてのみ労働日数や労働時間を減らす場合でした。この場合には、労働条件の変更は行われません。では、業務命令等ではなく、一部の労働者について労働条件自体を変更することにより、休業と同じように、一部の労働者について労働日数や労働時間を減らすことができないのでしょうか。これを検討する前提として、まず、労働条件とは何なのかを見ていきましょう。

(a) 労働条件とは

労働条件とは、労働契約関係における労働者の待遇の一切とされています。所定労働日、所定労働時間、始業時間及び終業時間も労働条件の一種です。労働条件がどのように決定されるかは、①就業規則がある場合と、②就業規則がない場合とで異なります。

①使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合(以下「就業規則が制定されている場合」といいます。)

この場合には、就業規則に規定された内容が労働条件となります。但し、労働者と使用者との間で締結された労働契約により就業規則と異なる労働条件を設定することができます(労働契約法第7条但書)。また、労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができます(労働契約法第8条)。このような労働者と使用者との間の合意内容は、就業規則の内容に優先します。もっとも、いずれの場合も、労働者と使用者との間で合意された労働条件が就業規則で定める基準に達しないときには、労使間の当該合意内容は、その部分について、無効となります。

以上をまとめると、就業規則が制定されている場合の労働条件は、「(i) 就業規則の規定及び労使間の合意内容で構成され、(ii) 就業規則の規定と労使間の合意内容に矛盾がある事項については、労使間の合意内容が就業規則で定める基準に達しない場合には就業規則の規定が適用され、労使間の合意内容が就業規則で定める基準に達している場合には労使間の合意内容が適用される。」ということになります。

②就業規則が制定されている場合以外の場合(以下「就業規則が制定されていない場合」といいます。)

この場合には、労働者と使用者との間で合意された内容がそのまま労働条件となります。なお、当然ながら、就業規則が制定されている場合と同様、労働者及び使用者は、その合意により、労働条件を変更することができます。

(b) 具体的検討

以上を前提に、就業規則が制定されている場合と就業規則が制定されていない場合のそれぞれについて、労働条件自体を変更することにより、休業と同じように、一部の労働者について労働日数や労働時間を減らすことができないかを検討します。

この点、上記のとおり、労働条件は労働者と使用者との間で合意され修正されるものであり、対象となる労働者との間で合意すれば、一部の労働者の所定労働日数や所定労働時間を減らすことは可能です。

但し、就業規則が制定されている場合、労働者の労働条件は、就業規則に規定されている基準に達しなければなりません。所定労働日数や所定労働時間を減らす場合に、就業規則に規定されている基準に達しないということはあまり想定できませんが、例えば、単に所定労働時間を減らすだけでなく、始業・終業時刻の変更が伴う場合には、一部の労働者との間で合意することにより労働条件を変更することができるか疑義が生じます(詳しくは、下記Q9(3)をご参照ください。)。

一方で、就業規則が制定されていない場合には、対象となる労働者との間で合意することにより、一部の労働者の所定労働日数や所定労働時間を減らすことは問題なく可能です。

なお、労働条件を変更することにより所定労働日数や所定労働時間が減少させることは、労働義務の対象期間を削減するということです。「休業」とは労働契約上労働義務ある時間について労働をなしえなくなることですので(下記Q7(2))参照)、労働条件の変更による所定労働日数や所定労働時間の削減は、「休業」に該当せず、従って、休業手当の支払義務は発生しません。この点が、上記(2)に加えて本(3)の検討を行うことの実益となります。

7. 使用者の責めに帰すべき休業と他の休業との関係

Q7 新型コロナウイルス感染対策のために労働者の労働日数を減らす又は労働時間を短縮する(以下「コロナ休業」といいます。)場合、同時期に育児休業等の他の休業(以下「他の休業」といいます。)を行っている労働者に関しては、重複する休業日の日数分、他の休業の期間が延長されるのでしょうか。

(1) 結論

他の休業の期間中にコロナ休業が行われ、休業の期間が重複しても、それを理由に他の休業の期間を延長する必要はありません。

(2) 休業の性質

休業は、労働契約上労働義務ある時間について労働をなしえなくなることです。他の休業が実施されている期間は、休業の性質上既に労働義務が認められない期間となります。従って休業が実施されている期間に、重複して別の休業が実施されることはありません。

また、コロナ休業が他の休業の期間と重複した場合、それを理由に休業の期間を延長する法令上の規定もありません。

もっとも、育児休業及び介護休業については、休業中の労働者から申出があった場合、事由を問わず、1回に限り休業の終了予定日の繰下げ変更を認める必要があることにご注意ください(介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第7条第3項及び第13条)。

8. 使用者の責めに帰すべき休業と他の休業との関係

Q8 新型コロナウイルス感染対策のために労働者の所定労働日数を減らす又は労働時間を短縮する(以下「コロナ休業」といいます。)場合、同時期に育児休業等の他の休業(以下「他の休業」といいます。)の手当が支払われている労働者に対して、当該手当に加えてコロナ休業に対する手当等も支払う必要はありますか。

上記Q7(2)で説明しました休業の性質上、重複して複数の休業が実施されることはありません。

従って、コロナ休業の実施が他の休業の期間と重複した場合でも、休業中の労働者に対し重複してコロナ休業が実施されることはありません。

その結果、他の休業の期間中にコロナ休業が行われたとしても、他の休業が実施されている労働者に対して、コロナ休業に対する手当等を支払う必要はありません。

9. 始業・就業時間の変更

Q9 時短やオフピークの出勤にする等所定の始業及び終業の時刻を変更するにはどのような手続が必要でしょうか。

(1) 結論

  • 対象となる労働者と合意することにより、始業及び終業の時刻の変更が可能です。但し、就業規則が制定されている場合には、労働者との合意による方法で始業及び終業の時刻を変更することは避けるべきです。
  • 就業規則を変更することによっても始業及び終業の時刻の変更が可能です。
  • 労働契約の内容として、始業及び終業の時刻の繰上げや繰下げ等の根拠となる規定が存在する場合には、労働者との合意や就業規則の変更を行うことなく、使用者による業務命令で始業及び終業の時刻の変更を行うことが可能です。

(2) 労働条件の変更の方法

始業及び終業の時刻は、労働契約の締結にあたって明示しなければならない労働条件です。労働条件の変更は、労働契約の当事者との合意による方法(労働契約法第8条)と、労働者の合意を得ることなく就業規則を変更することによる方法(労働契約法第10条)とがあります。

(3) 労働者との合意による方法

前述のとおり、労働条件である始業及び終業の時刻の変更は、労働者と使用者の合意により行うことができます。

なお、変更された労働条件が就業規則で定める基準に達しない場合には、当該労働条件は無効となります(労働契約法第12条)。従って、就業規則が定められている場合には、労働者と合意が得られた労働条件が就業規則に定める労働条件より労働者に不利益とならないかの検討を行う必要があります。

例えば、始業時間及び/又は終業時間を変更した結果として、労働時間が就業規則に定める所定労働時間よりも長くなる場合には、就業規則に定めるよりも不利な労働条件となります。従って、このような労働条件の変更は、たとえ労働者との間で合意したとしても、少なくとも所定労働時間を超える労働時間についての労働条件は無効となります。

一方で、始業時間や終業時間の変更が労働時間の変更を伴わない場合には、就業規則で定める労働条件よりも不利になるとはいえないようにも思われます。しかし、各個人の生活状況によっては、始業時間が早まったり就業時間が遅くなったりすることを好ましくないと感じる労働者がいる可能性は否定できません。従って、所定労働時間の延長がない場合であっても、就業規則に規定される始業時間や終業時間を変更するときには、労働契約法第12条により無効とされるリスクが存在することを考慮して、以下に述べる就業規則の変更による方法をとることが望ましいと考えます。

以上をまとめると、就業規則が制定されていない場合には、労働者との合意による方法での始業・終業時間の変更が可能であるが、就業規則が制定されている場合には、労働者との合意による方法での始業・終業時間の変更は避けるべきであるということになります。

(4) 就業規則の変更による場合

労働者の合意が得られなかった場合及び労働者の合意が得られたとしても就業規則が制定されている場合には、就業規則を変更することにより、始業及び終業の時刻の変更を行うことが可能です(労働契約法第10条)。この場合、①変更後の就業規則の労働者への周知、②就業規則の変更の合理性の存在、③問題となる労働条件について就業規則によっては変更されないとの特約が存在しないことを満たす必要があります。

②の変更の合理性は、具体的には、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情を検討するものとされています。コロナウイルス感染症への感染防止のための時短や始業・終業時刻の変更の場合であれば、労働時間の延長を伴わず、夜間に労働時間がずれ込むなどの労働者の生活に与える影響が大きいケースでない限り、変更の合理性が認められる場合が多いものと考えられます

(5) 労働契約の範囲内の変更

なお、上記(3)及び(4)は、労働契約の変更が必要な場合の記載です。労働契約の内容として、使用者の指示に従い始業及び終業の時刻を変更することができるとされている場合には、そもそも上記のような変更手続を行う必要がありません。すなわち、労働契約の内容として、始業及び終業の時刻の繰上げや繰下げ等の根拠となる規定(例:「管理者の指示により、始業及び終業の時刻の繰上げや繰下げが行われることがある。」)が存在する場合には、上記の手続を経ることなく、使用者による業務命令で始業及び終業の時刻の変更を行うことが可能です。

但し、このような規定がある場合でも、当該変更の必要性、命令の時期、労働者への影響等により、業務命令が権利濫用として無効と判断される可能性もありますので、注意が必要です。

10. さいごに

これまで2回にわたり休業や労働時間の短縮に伴う法律問題について検討してきました(前半部分は「新型コロナウイルスに関する労務(休業①)」をご覧ください。)。休業や労働時間の短縮を実施する際には、様々な点からの検討が必要であることをご理解いただけたでしょうか。

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